藤井吉彦とは ~その③大学編~

 

広島県福山市で相続・後見業務を中心に行っております行政書士の藤井吉彦です。

 

 

さて、今回はその③大学編です。

(その①②をまだお読みでない方は①から順に読んでいただければありがたいです)

 

 

 

 

大学受験を意識し始め、周りの友人たちも頑張り始めた高校2年生の夏、やっと
「やる気スイッチ」が入りました。

大学は以前から興味のあった「法律」の勉強がしたいと「法学部」を目指すことにしました。

 

 

 

 

それまでが嘘のように勉強に集中し始めましたが、やはりそれまで怠けていた
「つけ」が災いします。

大学受験に必要な「数学Ⅰ」が習得できていない…これが「燃え尽き症候群」の後遺症です。
つまり、国公立受験に必須な大学センター試験で数学が得点できず…
第一志望の岡山大学法学部(以下、岡大)の受験をあきらめざるを得なくなりました。

 

 

 

 

そこで、私立大学の法学部を何校か受験…
第一・第二志望は不合格…
第三志望の地元の広島修道大学(以下、修大)になんとか合格できました。

 

 

(余談ですが)
この修大の入試の日、受験会場である大きな階段教室の僕の前には小学校時代の同級生の女の子が…
最後の科目である社会(歴史)が終了し、試験官が解答用紙を回収するのを待っていた時、彼女の解答がちらっと見えたので、僕の解答と見比べたら、全く違ったので、「わぁ~落ちたわ~」…その時、僕は浪人を覚悟しましたが合格…
その後、合格発表に彼女の番号はありませんでした。

 

 

 

 

この時、もう一度、岡大を目指し、浪人することも考えましたが、父から
「おまえは浪人しても続かんから早く入学して先に進め‼」
と言われ、修大に入学を決めました。

 

 

 

修大をご存じの方はわかると思いますが、けっこうな山の中…
今でこそ交通網が整備され利便性が良くなっていますが、入学当時はバスしか交通手段もないような立地でした。

自宅生の割合も大きく、自動車やバイクで通学する学生も多く、当時「車の修大」と言われていました。

 

 

 

高校卒業と同時にさっさと免許も取得していたので、いよいよ車好きの血が騒ぎ始め、とうとう祖母を説得し、車を買ってもらいました。
(当時はまだバブルの余韻が残っており、友人もかなりの割合で自分の車を持ってので、なんとか買ってもらう事ができました)
車を手に入れたと同時に家庭教師のバイトを始めて、そのバイト代でガソリン代や車をいじる費用を捻出する(調子に乗った)日々…

 

 

 

行政書士藤井吉彦

↑まさに調子に乗ってる時の写真… カッコつけてポーズとってる足が特にムカつきます。
あの調子に乗っていた頃の自分を戒める意味であえて公開しました。

 

 


車を手に入れたことでさらなる自由を手に入れたおバカさんは、週末になると深夜に広島を出発し、下道を夜中じゅう走り、朝方、大阪や福岡に到着・日中遊んで夕方広島に向けて帰路…という無茶をしていました。

若いから出来たのでしょうね。今同じことをしたら、数日寝込んでしまいそうです。

 

 

 

今の私からその当時の自分に言ってやりたい…
「学生の分際で親のすねかじって車乗り回して何考えてるんじゃい‼」
 

※ただ弁解すると…
中高時代とは違い、キチンと勉強はしていましたので、単位はきちんと取得していました。

 

 

 

 

そんなこんなで、大学生活4年間もあっという間に過ぎてしまい…
いよいよ就職です。

 

 

 

 

~次回その④就職から現在まで~
   ここからが波乱万丈…かも

 

 

 

 

今回もお読みいただきありがとうございました。
ご興味を持たれた方は次回もお付き合いください‼

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